仕事って。。。
去年の秋のこと。会社で写真集を編集することになり、上司の指示で、わたしがレイアウトからいっさいを担当することになったとき、ある同僚はあきれたように言ったものだ。デザイナーでもないのに素人にレイアウトを任せるなんてねー。またある若い同僚はなぜかぷりぷりして、インデザインを使ったことがない人がデータ入稿なんかできるんですかと言うし、ある人は親切にも、素人がレイアウトをするときは、空間を生かして大きく配置すればいいと言いますよとアドバイスしてくれた。わたしに仕事を任せてくれた上司も、紙に定規と鉛筆でやればいいんだから、と励まし顔に言ったものだった。
そのときわたしは、みんながわたしをなぜこんなにも素人扱いするのかと首をかしげた。確かにわたしはデザイナーではないし、ここの会社に入ってから間もないが、これでも40年近く書籍の編集作業に携わってきたのである。そのうち20年は原稿を書きまくっていたのだが、写真やイラストを割付して紙面を構成するのは編集の基本のキである。そりゃあいわゆる写真集なるものを作ったことはないし、DTPソフトを使うのも初めてだが、まさかできないってことはないだろう。いまさらパソコンから鉛筆を持ち直すなどという気はない。
そうはいっても、インデザインというDTPソフトは印刷所がそのまま印刷用紙に出力して本にしてしまえる本格性を売り物にしているわけだから、レイアウト作業に使うだけといっても、操作はけっこうめんどうであるらしい。わたしはさっそくパソコンスクールの4回コースを受講し、とりあえず簡単な扱いを覚えることにした。あとはヘルプを見ながら手探りで紙面を作っていった。給料をもらいながらDTPソフトを練習できるなんて、わたしはラッキーである。一通り操作を覚えてしまえば、ディスプレイで自由自在に画像や文章を配置できるインデザインは紙と鉛筆よりずっと簡単で楽しかった。
しかし難題はパソコン操作などではなく、著者から受け取った原稿にあったのだ。それこそ素人が撮った紙焼き写真や、解像度不足のデジタル画像。色かぶりあり、ピンぼけあり、アングルは傾き、ポイントは定まらず。それに加えて文字原稿には誤字がやたらに多く、用字用語、文体は不統一、文脈の混乱した自信過剰のどうにもならない文章。わたしが担当させられたのは、この会社で初めて請け負うという自費出版の本だったのである。次々に追加されて500枚を超える写真や画像を整理し、ご機嫌を損なわずにクライアントのとりとめのない要求を満たし、写真の難点をカバーし、意図を汲み取って文章を整理し、見栄えよくデザインし、細かい注文をきき、ゲラを印刷所と著者間で忍耐と根気で何度も往復させ、意思疎通を図り、微妙な色の出具合を繰り返しチェックし、いかに印刷物として鑑賞に耐える内容にもっていくか。わたしに課せられたのはこの難問だった。
それから3か月。本ができあがったときには、わたしを素人扱いする人はいなくなっていた。人はこうして少しずつ自分の居場所を獲得していくんだな。わたしは今、培ってきた経験と新しい知識を総動員して、仕事を進めていくことのできるおもしろさを味わっているのである。
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