ヤモリ
娘に付き添ってもらって、ペット霊園でちゃこを火葬してもらった。お経も上げてくれる。小さなきれいなお骨になった。細かい爪や歯などをていねいに拾って、木の箱にいれてもらった。儀式は残されたもののためにある。ほっとして心が慰められた。
リュックにお骨を入れて娘と別れ、そのままジムに行った。疲れていたので風呂だけでも入りたかった。あがって脱衣所に出ると、女たちが裸で群がっている。何事か、と聞くと、棚の下にヤモリがいるという。のぞいてみるとちいさなかわいいヤモリである。脱衣所は湿気があるのでつい迷い込んだのだろう。そうこうするうちにジムの受付の女性たちが掃除機を持ってやってきた。捕まえられないので、吸い込んでしまおうというのである。わたしは驚いてちょっと待って、と腰布一枚でヤモリの前に立ちはだかった。わたし、捕まえられるから、と言ってすばやくかがんでヤモリをつかんだ。女たちがああっと叫ぶ。そのとき、ヤモリは身をくねらせて逃れようとし、必死で小さな口を開けて小さな歯でわたしの指を噛んだ。その瞬間をわたしは一生忘れないでいたい。生き物のその繊細な柔らかい力。少しも痛くない。タオルを入れる袋にすばやく隠しすと、掃除機をかついで立ち尽くすジムの若いかわいい女の子たちに会釈をした。ああーっという歓声とともに、期せずして拍手が沸いた。わたしはちょっと照れながらその場を立ち去ったのであった。
自転車で黒目川の桜並木まで来て、土手でヤモリを草に放した。灰色がかったきれいな爬虫類。ニホンヤモリはしばらく掌の上で首を伸ばし、水のにおいをかいでいたが、静かに草むらに消えていったのである。
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